私はまっこBoo

私、”まっこ”という人間の人生模様です

ニューハーフの友人とホームレスと。

 

私は生きて来た中で、いろんな神様からの試練を受けて来た。

持って生まれたモノか、性格か、普通はそうならないだろうよ・・・的な出来事は、書ききれないほどある。

それは、その時々の私の選択や行動にも大いに原因があるのだろうから、誰かのせいにしたり、運命を呪ったりしちゃいけないんだと、思うものの、昔は良く神様の意地悪だと思っていた。

最近では慣れて来たもので、ちょっとした神様からの試練に合うと、

「神様、まだ私には試練が必要ですかね?」と空に向かって言う事にしている。

Wi-Fiが突然繋がらなくなった時とかも。)

 

時々思い出す、若い頃に経験した笑える試練がある。

若い頃と言っても、離婚をして夜の飲食店でアルバイトをしていた頃だが。

以前、仲の良かった友人に紹介されてから時々遊びに行く様になった仙台の、とあるCLUBがあり、そこで働いていたニューハーフのMさんと、とにかく意気投合した。

彼女は沖縄出身で、なんともエキゾチックな風貌の、美しいニューハーフであった。

当時テレビでは”ニューハーフ”が流行りの様になっており、全国の話題のニューハーフさん達が暇なし番組に出演していた。

 

私はMさんと女同士の話を沢山した。

恋の話、仕事、化粧品、親の事、将来の夢など・・・

年齢も私と1才しか変わらず、時に子供とも一緒に遊びに行った。

旅行に行くと、シャネルが好きなMさんは、私には似合わないのにシャネルシリーズを買って来てくれた(;^ω^)

段々と私は、Mさんの人間性にも惚れ込み、この人が女になる前に出会いたかった・・・とまで思った。

だが彼女は、一途に好きな男性がいて、結ばれる事のない現実を受け入れつつも、女性らしさを失わないよう常に努力していたのだ。

 

やがてMさんは拠点を東京に移す事になった。更に良い待遇を求めて系列のお店に移る事にしたのだ。

ショックだった。東京となると、今までの様には会えなくなっちゃうじゃん。

Mさんが去った後、私も転職したりで忙しく、また生活にも追われ、彼女と連絡を取らなくなってしまった。

 

だけど、1年近く経って、どうしてもMさんが気になって無性に話したくなった私は、遊んでいた時の友人を辿って、Mさんが在籍している東京のお店を教えて貰った。

ちょうど夏休みに入り、子供たちが祖母の家に泊まりに行く事になったのを見計らって、私は飛んだ。仙台から東京へ。(新幹線だから飛んでないか。)

 

心臓バクバクであった。薄情にも連絡をしなくなってしまった私の事、怒っていないだろうか・・・?

お店に行くと、Mさんと一緒に移籍したニューハーフのRさんがいて、すぐに私に気づいてくれた。そしてRさんは教えてくれた。

 

「彼女はね~、沖縄に帰ったのよ~!」

えー( ゚Д゚)!!

詳しい理由は分からないらしいが、親の事も心配してたしなぁ~。

私はもう、Mさんとの縁を繋ぎ止める事を諦め、連絡先も聞いたりしなかった。

(何しに来たんだろ、私・・・)

そして、Rさんの仕事が終わるのを待ち、二人で飲みに繰り出したのだ。

 

問題は、この後である。

おバカで世間知らずだった私は、とりあえず行けば、どこかのホテルは空いてるだろう!と、鷹をくくっていたのだ。が、現実は甘くなかった!

Rさんと数件はしごをした後で時間も時間だ。(当時はガラケーだったから今みたいに簡単に調べられない。)

Rさんに、どこに泊まるの?って聞かれて、つい私はカッコつけて、品川プリンスだよ~って言って、バイバイしてしまったのだ。バカ!私のバカ!!

仕方なく、流れに乗って品川に移動したものの・・・品川プリンスに聞くと、満室です!と丁寧に、丁寧に、お断りされ、歩き回って、目に入った当時で言うラブホテルにも当たった。空いてない。って言うか、ホテルないじゃん!

また駅に戻るが、もう電車もない。

 

「わたし、いったいここで、何やってんの?バカじゃないの??」涙ぼろぼろだ。

どうしよう!今更Rさんにも言えないし。交番に聞いても仕方ないし・・・

始発までどこに居たらいいんだろう・・・

 

しかし、見渡すと、駅は明るいし、始発まで電車はないのに人は結構いる。

そして、信号を渡って閉まったお店のシャッター前には、結構たくさんの人が、既に夢の中に入っているではないか!(まあ、ホームレスさんですけどね)

妙に安心してしまった私は、うろうろ見渡した。

 

そして、覚悟を決めたのだ。今日はここで、泊まらせてもらおう!

そして、ちょうど良い感じの、道路から少し引っ込んだ壁を発見し、既におひとり様は寝ていたが、「失礼しま~す・・」と小声で言って、しゃがんだ。

薄目を開けると、周りには沢山のホームレスさんが寝ていた。

だが、始発までそこで寝る覚悟を決めた私は怖くもなかった。

 

疲れた私はすぐに眠りに入ったが、寝ながらも足のしびれを感じたんだろう、少しづつ体制を崩し、横になって、最後はパンプスまで脱いでいた。

(夏だからまだ良かったが)

気づいて時計を見た時には、覚えていないが、始発がもう出る頃の時間だった。

そして、あれ?私に段ボールの布団を掛けてくれた人がいる~( ;∀;)

ほっこりだ。感謝、感謝、あの時のどなたか、今も幸せに生きて

いますように!

 

そうして、わたしのMさんを訪ねての一泊の旅は無事?終えた訳だが、あの時も、自分の浅はかな行動が原因だったのに、神様を恨んだわけだ。なぜ私にこんな試練を与えるのか!と。

 

最近はホームレスの方々は見かけなくなったが、あれから興味が沸いたのは確かだ。(言い方は失礼だが、あの方々の生き方が気になってだ。)

”ホームレス”致し方なくなった人もいれば、敢えて、そんな生き方を選んだ人、日にち限定でそうしている人、様々なようだ。

 

仙台市でも、開発が進むと、一時期は特定の場所でしか見かけなくなったが、2011年の震災後は、家族も亡くし、家もない、お金もない、仮設にも入れない、そういった人達が、至る所に陣取り、特に地下鉄の連絡通路に集まっていた。

昼間は荷物を丁寧にまとめ端に置き、夜はキレイで暖かなそこで、寝るのだ。

震災後は特に若い人が多かったのが忘れられない。

 

国や都道府県ごとのホームレスの方々に対しての対策で、しかるべき場所に集まる様になったのも、昔より目立たなくなったひとつの理由だろう。

 

matome.naver.jp

 

 

それからの私は、どこに行くにも必ず予約をする様になった。

ただ、ホームレスさんと夜を共にした事は、恥ずかしすぎて、今まで誰にも話した事はない。

そして…Mさんは元気だろうか。