私はまっこBoo

私、”まっこ”という人間の人生模様です

全ては縁か、否か。

生きていると、色々な事が起こる。

 

「出会い」もそうだ。

まず最初の出会いは、親だ。

魂が自分で選んで来たのか偶然か、縁あって、私達は、親の元に産まれる。

そして、親戚だったり、先生だったり友人だったり……初恋もそう。

 

わたしは常々、縁は自分で作る物...と、思っている。

まあホントの初めての出会いは、偶然、或いは、何かに導かれた必然的なものだろう。

だけども、自分がそこに行かなかったら、見なかったら、座らなかったら、

出会いはなかったかもしれない。

行動による、必然的な出会いは多いはずだ。

そして、もし、自分がその出会った中で、その人との出会いを大切にしたいと願った時、必ず、何らかの行動に出ているものなのだ。

「縁」は特別な物と思っている人も多いかもしれないが、本当に必要な縁は、自分が動かなければ、あっという間に離れて行ってしまうのだ。

だから私は、思うのだ。

縁は自分で作る物...と。

 

私にとって、人との出会いは宝箱を開ける感覚に近い。

(宝箱という表現はどうかと思うが。)

開けた瞬間に、興味深いモノに目が行くのが人間だ。それが好きな色だったり、光る物だったり。

そうして、知らず知らず判別してしまうのだ。

その判別こそが、悪縁かもしれない。

悪縁は、時には助かるが、自分が進歩する上では、甘えになり、時には邪魔にもなりえる。

いつも似たような服を買ったり、長年同じ髪型にしたり、似たような人とばかり仲良くなる。それは、気づかない内に、安心したいからであって、進化はない。

自分が限りなく成長したいのなら、宝箱を開けた時、1番目立たない、地味なモノだったり、いつもなら絶対に選ばなそうな物を手に取るべきだと思う。

それこそが、自分にとって必要な、得がたい出会いかもしれないのだ。

そして、無くしてから後悔しても、戻らない可能性が高い。

だからこそ、出会った時の貴重な時間を無駄にしてはいけない。

 

出会いという宝物は、いつも身近にあるが、それをどうするか?は、まさに自分次第なんだ。

本物の宝は、自分のチカラで得たモノなんじゃないかな。