私はまっこBoo

私、”まっこ”という人間の人生模様です

母という人間

私の母は現在、72才、戌年、双子座、A型である。

私は姉と、父親違いの弟二人がいる。

母は、この四人の母であり、何があっても乗り越え、強く生きてきた妖怪に近い存在である。この私が、たま~に人から「妖気を感じる…」と言われるのも、母からの遺伝要素だろう。と、最近感じている。

 

母は、苦労したようだ。

子供の頃は実の親に育てられず、また貧しく、要領の良い妹(叔母)ばかり可愛がられたそうで、子供時代の話をする時は、思い出すと悔しさを我慢出来ないのか、涙を流すほどだ。

 私が子供の頃に母の同級生から聞いた話では、頭が良く、美人でモテたが、影の番長だったそうだ…。よく蹴られたと。

私は納得した。「やっぱりな。」

そんな母は、貧しかったから、中学卒業と同時に集団就職で愛知県に行き、私の実の父親と知り合った。

やがて結婚し、姉と私が生まれた。しかし、私が小1の時、何だかんだで離婚し、再婚し、やがて弟二人が生まれた。

実の父親も、義理の父親も、実家はエリート一族だった。

影の番長でも、さすがにそこを手なずけるのは難しかったようだ

特に、義理の父親は、会社の社長で子供までいたのを、母の為に全て投げ売って、親兄弟から半ば勘当されて一緒になった。

だから、それに負けないよう、母は自分に厳しく、努力家であった。中卒とは思えない程の知識と先見の明を持っていた。

私が学生の頃は、若くてキレイなお母さんだね~と、友達に羨ましがられたものだが、

母の実態を知らない友達のお母さんの方が、私は優しそうで羨ましかったが。

完璧主義でもあり、頑固な私は何度もぶつかり合い、小学校の頃から何日も食事抜きをされたし、「悪い事をしたら、お前を殺して私も死ぬ!」と、良く言われたものだ。

殺されてはたまったもんじゃないので、そこそこ真面目に生きた。

だが、中学校時代、玄関の靴箱の下に封筒に入ったある物を発見した。

お金だ。数日に一回、千円か二千円くらいを抜き取ったが、それが意外と減らない不思議な封筒だった。

今思うと、鬼の様な母には絶対にバレていたはずなのに…不思議である。

 

義理の父親は私には優しかったが、年々酒乱になり、気の強い母と物凄い口論から、暴力に発展した。

母は度々骨折したり、アザを作った。

義理の父親は、時には包丁を振り回したり、一升瓶で殴ったりした。

しかし次の日には土下座をして謝るのだ。完全に酒乱だった。(亡くなった人間の事はあまり貶したくないが)

まだ若い私たち兄弟は、もう止めに入るレベルではなく、怖くて、怖くて、震えていたのを覚えている。

そんな事もあり、私は早く一人立ちしたかったのだ。

 

長くなりそうなので、次回に持ち越しという事で…

 

 

 

名前を変える?人生を変える。

先日、ある年配の男性に、苗字も名前も変えたいが、どうしたら良いか?と、聞かれた。名前を聞けば、特に気になる名前ではない。

いわゆる珍名でもなく、有名な犯罪者と同じ・・・と云う訳でもない。

理由を聞くと、知り合いに「そんな名前だから、お前はろくでもない事ばかり起きるんだよ!」と言われ、自分でもそうかもしれない・・・と思ったのだそうだ。

私はつい笑ってしまったが、その人の顔を見ると、表情は穏やかだが、目は至って真剣だった。

たまたま話しかけられた年配の男性なので、それ以上の詳細は聞かなかったが、簡単に、こんな方法もあるし、〇〇に行けば、更に詳しいアドバイスを貰えますよ?と、教えてあげたら、男性は早速明日行ってみると、真剣だった。

あの年配の男性は、私の感覚では、75才前後である。

どんな知人に言われたのかは知らないが、あの年でフルネームを変えるなど、よほど不運続きだったに違いない。が、あの方の周りの身内は、それを知った瞬間、開いた口が塞がらないだろう。

 

だが、名前を変えたいと思った人は沢山いるだろうし、実際に、私がカウンセラー時代、下の名前を突然変えた会員様がいてびっくりした経験もある。

私は子供の頃に、友達の名前が素敵に思えて、何で親はこんなありきたりの名前をつけたんだろう!と、空想の中でカッコいい名前の私というキャラを作って遊んでいた。怖っ(;゚Д゚)

しかも、私の名前、神社のくじ引きで決めたと云うから、余計に悲しかった。

苗字はいろいろあって、いろいろ変わったから、逆に、大人になってからは名前に拘りはなくなったが。

 

だが、正当な理由さえあれば名前は変えられる。(家庭裁判所です)

苗字の方は更に面倒ではあるが、全く出来ない訳でもない。

明らかに名前が原因で、生きて行く上で不都合があり、変えられた事で解決するなら、

それもありだろう。

だけど、縁あって、この名を与えられたのだ。(苗字はまた別問題として)

名前のせいだけで不運と決めつけるのはどうか?と思うが。

そういえば、読み方を変えるのには特に面倒な許可は必要ないらしいから、手っ取り早く、読み方を変えて様子をみるのもありかもしれない。

 

それを言ったら、人間、名前、外見、性別、運気etc・・現代においては、変えられないモノなどないのではないだろうか?

知らない内に、知り合いが違う人間になっている可能性もあるかもしれない!

韓国では、履歴書の写真を修整するのが当たり前だと聞く。

タイでは、数人に一人がニューハーフという程、社会の中でも普通に男女の区別なく働いている。

日本は、真面目を美徳と考える古き考えが根強いから、それに苦しむ若者が増えているのかもしれない。

”真面目”を見える範囲でしか捉えない人が多いのだ。

 

私は50才を過ぎたが、まだ違う人生はないものかと、探し続けている。

安定を得て満足するタイプの人間からすれば、私の様な人間は理解しがたいだろうが、性格だから仕方ない。

だから、友人、知人も、人数こそ多くないが、年々似たようなタイプにまとまってきた。

学生時代からの腐れ縁?の友人とは、最近少しずつ距離感、会う度に会話でストレスを感じ、連絡をお互いに取らなくなっている。腐れ縁は、切った方がよいのか、腐ったまま、放っておいた方が良いか、迷うトコである。

 

本屋に行くと、「人付き合いが上手くなる!」「読めば人生変わる!」「話方が上手になる!」読めば如何にも変われそうな本が山ほど置いてある。読まないよりは、読んだ方が参考にはなるだろうし、私も昔はよく読んだ。

でも、読めば読むほど結論が分からなくなり、もっと自分に合った本を探す為に、また違った角度の本を買う・・・の繰り返しで、結局何も変わらないのに、本代だけ加算していったのである。

多くの心理学者の考え、紐づけが違うように、著者によって考え、解釈、学んだ方向性が違うから、余計、迷いが増すだけだ。けしてそういった類の本を否定している訳ではなく、何冊か読んだ所で、あまり意味がないと思うだけだ。

何か得たいなら、相当の数の本を読まないと見えてこないはずだ。

 

若い頃の私は、性格も名前も、顔も声も嫌いだった。自分が友人よりも出来損ないに感じていた。

だけど、今は違う。このままの自分と死ぬまで闘って行く覚悟を決めた。

50の私を、出来る所まで育てて行こうと決めたのだ。

だから、なんでもチャレンジする事にしたのだ。無理ない程度に。

 

よく、常に怒っている人がいる。眉間にしわをよせて。あれは、自分に対する苛立ちがそうさせているのだと思う。自分と向き合ってこなかったタイプだ。周りにも、ちゃんと言ってくれる人がいなかった、可哀そうな人である。

前回の話の様に、もし100才まで元気で生きていたら、笑っていたいか、嘆いていたいか?である。

自分は世界に一人だけの珍獣だ。いじってはいけない。

自分が自身と向き合って、人生を変えていくのだ。(偉そうな文章だ(^^;) 

f:id:makkoanenow:20180617153932g:plain

 

生ける時までの生き方を考える

今の時代、100才ですが元気で~す(^^)/ な~んて方が沢山いますよね。

私が子供の頃に思っていたおじいちゃん、おばあちゃんとは、漠然とだが、まあ、60代くらいをそう思っていた様に感じるが、失礼しました・・・である(;^ω^)

私の母も祖母も叔母も(私もだが)結婚、出産が早かったから、特に年頃になった時、同級生の親がそこそこ年を取っているの知った時、ビックリしたものだ。

 

そんな私も、後ろを見る暇もないまま人生を走り続け、気づけば孫までいる。

50代ばあちゃんだ。

無我夢中に、ほとんど仕事中心に生きて来たから、ここまで、けして中身が濃かった?充実していた?とは言えないが、私に出来る事は全力を出してやってきたつもりだ。

 

出来る事は出来る。出来ない事は出来ない。 田中角栄の名言より~

恵まれていたり、表面でしか人を判断出来ない人間は、陰で私の事を悪く言っていただろう。最悪人になると、子供たちにまで、私のダメ母アピールをする。

それが子供の反抗期に拍車を駆ける事に加担している事を、最悪人たちは気づかなかったのか。

だが私は、強かった。気にしている暇などなかったからだ。

若くして結婚し、キャリアも使える資格もない私が、離婚して、二人の子供を食べさせていかねばならないのだ。

子供が友達に引けを取らないように、最低限の物も与えてあげたかった。

だから、時には昼も夜も働いた。私は人様に迷惑をかけたり、闇の仕事をしてきた訳ではなく、ただ、仕事でいつも家に居なかっただけである。それが私の後悔だ。

頼れる人もいなかったから、出来る事は出来る。出来ない事は出来ない。まさに、そんな感じでひたすら生きてきて、今日に至るわけだ。

 

輝かしい思い出はないが、辛い出来事は沢山あった。

そして、その箇所箇所で、助けてくれた人は絶対に忘れない。

こんな風に、ハーブティーを飲みながら(見えないっちゅうの!)ブログを書ける時間も、神様が与えてくれたご褒美だと思っている。

 

ひとの人生の価値は、他人が決める物ではなく、死ぬ時に、自分が後悔するかしないか・・・だと思っている。

同じ100才でも、毎日を楽しんで長生きしているのか、家族も楽しい事もなく、過去を後悔する毎日なのか。

私が100才となると、倍はまだ生きられる。そう考えたら、健康管理は欠かせないし、無理なく出来る趣味、どうせなら、収入になる事も抑えておきたい。

 

みんなは、もし自分の死ぬ日を知る事が出来たら、どんな行動に出るのだろうか。

縁あって与えられた命だが、いつかは死ぬのだ。

それが事故か病気か老衰か、100才超えか、明日なのか。

せっかく、いろんな事にチャレンジ出来る人間に生まれたのだ。

今、出来る事は、やらなければ。

 

年を重ねるのを悲観する人がいるが、それは、自分の生き方を否定する様なものだ。

時間はあるのに言い訳ばかりが先にくる、人のせいにする。

やらなかったのは自分のせいであり、楽しい事は、自分が見つけるものなんだ。

死ぬのが怖い?それは生きる事への未練がまだまだあるから怖いのだと思う。

死んだらどうなるか分からないから怖いのだ。

まさか本気で、死んだら地獄の閻魔大王に舌を抜かれると思ってはいないだろう。

もしそうなら私も怖い。

だが私はまだ死にたくない。やりたい事、やるべき事が沢山あるからだ。

子供たち、孫たちが、これからどうなるか分からない日本の社会の中で、無事に生きて行けるよう、出来る範囲でしてあげて、その心残りがなくなった時、笑って死にたい。

ただの理想である。

そうだ、ある心理学者が言っていた。

「人は生きる事に疲れたら、自分で死ぬ日を選んで良いと思う・・・」と。

例え疲れても、次の日にまだ立ち上がれるなら、生きるべきである。

自分の死ぬ日を選べなかった人たちのために・・・

 

虐待に思う…

最近、報道された5才の結愛ちゃんが虐待により亡くなった事件。
1日毎にその報道はテレビで見なくなる。
今はもっぱら、トランプさんと金正恩さんの首脳会議の件で、話題が偏っている。
確かに、日本にも大いに関係する両国のトップな訳だから、国全体が注目するのは当然だ。
ワールドカップの話題が薄らぐほどだ。
私だって、二人が会う瞬間をテレビ越しではあるが、写メでも撮ろうかと待ち構えていたくらいだ。
二人がツイッターを通して子供の様に罵りあっていた事が嘘のようである。
いざ二人が並ぶとお笑いのコンビのようで私は可笑しくて仕方なかったが、ある意味、歴史的瞬間である。

話を元に戻すが、虐待による死亡数は年々増えているそうだ。
児童相談所への虐待相談件数は年間12万2500人以上、親による心中も含めての死亡数は、80人以上にも及ぶという。
わかっているだけでもこの数字である。
親による虐待死亡事件は、起こる度に何日も何日も報道され、時にはその過剰な報道で、観る者の心を痛める。
これまで、沢山の虐待事件をテレビで知ったが、今回の結愛ちゃんの事は、次に新たな事件が起こったとしても、忘れられないだろう。

亡くなった子供たちのそこに至るまでの経緯、辛い思い、心の叫び!・・・ここまで目の当たりにする事は今までなかっただろう。
結愛ちゃんが残したノートに記された叫び、相当の人が涙を流しただろう。

    【残されたノートの言葉】

ママ

もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりかもっと あしたはできるようにするから

もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします

ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして

きのうぜんぜんできなかったことこれまでまいにちやってきたことをなおす

これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします

もう あしたはぜったいやるんだぞとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ
   
 
5歳女児虐待死の疑問 なぜ一時保護を解除し、自宅に戻したのか - ライブドアニュース
引用:ライブドアニュース

5才だ。たった5才の子供が書いたのだ。
目を疑った。私には6才の孫がいるが、こんな大人のような文章は書けない。相当、賢い子だ。
こんな立派な文章を書ける子が、なぜ虐げられたのか。余計に悲しい。
しかも、ママ宛である。
結愛ちゃんのママに言いたい。
貴方も苦しかったはずだ。味方はしないが、苦しんでいたはずだ。
ママが大好きな結愛ちゃんは、将来、大きくなった時、苦しむ貴方の味方になって、守ってくれたはずだ。
貴方はあんな立派な宝物を産んだのに、なぜ気づかなかったんですか?
育てられないなら手放す方法はいくらでもあったのに、なせ手放す事もせず、残酷な結末を招いてしまったのか。
私には理解出来ず、苦しい思いが消えないでいる。

マニアックな相性~その2~

前回の続きの婚活の話になるが、結局のところ私が思うのは、婚活を必死でしようが、相談所に入ろうが、ネットの出会い系であろうが、相手が見つかるか見つからないかは、完全に自分次第なのである

相談所のような所は、チャンスを与える場所であって、学校のようなものである。

あくまでも結果は自分で出すものである。

人間、力が入りすぎていると、本領発揮が出来ないものだ。

よく大切な物を失くした時に必死に探すが見つからず、後で意外な所から見つかったりする。実は目の前にあったり・・・。

結局、見ている箇所がずれている場合が多い。

男女の違い、年齢別の違い、育った環境の違い、考え方の違い・・・違って当たり前である。

相手が云々・・・ではなく、まず自分という人間性を知る事、その上で、相手を受け入れる勇気が必要なのである。

確かに交際だけと違い、結婚となると戸籍も変わるし、周りの環境も大幅に変わる。

イヤになった、はい、別れましょう!と簡単にはいかない。

だから慎重にもなるし、見える条件をあれこれつけたくなるのだろう。

 

私が見てきた会員さまで見事相手が見つかった方を思い出すと、大体、ずっと言い続けていた条件とは違う方とHappyになっている。

跡取りが欲しいから若い女性が良いと言っていた60才前の方は、同年代の、話が尽きない女性と。

親と同居OKの見た目の可愛い人しか会いたくない、と言っていた方は、無理やり会わせた真逆の女性に一目ぼれ。

外見はどうでも良い、年収重視です!と曲げない女性は、何故か年収の良い男性からは振り向いてもらえず、ある日、年収350万のイケメン風の男性からの要望でお見合いをしたら、あっけなく決まった。

そうそう、これはまた笑える話だが、50代で、やはり子供が欲しいから若い子がいいと言っていた男性で、性格は明るく楽しいのだが、仕事が長距離トラックの運転手さんで時間が中々取れないため、入会していても中々お見合いにも発展しなかった。

私が退職の挨拶で電話した時も、明るく、逆に励ましてくれた方だ。

そんな彼が、ある日、ナイティーンナインのお見合い番組を見ていたら、なんと!ちゃっかり参加して、ちゃっかりカップルになっているのだ!相手の女性も、それ相応の年齢だった。

笑った。嬉しかった。本当に良かった。

彼は諦めず、活動の拠点を変えた途端、運命の出会いを果たしたのだ!

 

今更だが、この記事の「マニアックな相性」と云うタイトル、私が長年カウンセラーをやっていて出た結論である。(あくまでも私個人の結論だが。)

こだわっていた条件とは違う相手を好きになる、これぞマニアックな部分が導いた結果である。

これは、男女に限らず、人間皆、好きになったり、仲良くなったり、また会いたいと思ったりするのは、その人それぞれのマニアックな部分が反応するからなんだ。

言葉ではうまく言い表せない、独自の感覚が、もっと一緒に居たい!と、思わせるのだ。

”好き”という気持ちは目に見えない、不思議なものだ。緊張や興奮、安堵感から脳が発する勘違い的な感覚でもある。

そう、勘違いで良いのだ。外見や年収、家族構成、住む場所なんて、変化するものである。性格だって、日々変化していくものだ。

そんなモノばかりに囚われているから、本質を見逃してしまうのだと私は感じる。

肝心なのは、どこで出会おうが、その時に自分が素直じゃないと、発展しないものだ。

チャラ男?(死語?)大いに結構な事である。

f:id:makkoanenow:20180610232402g:plain

 

 

 

マニアックな相性~その1~

何を隠そう、(いや、隠すつもりはないが)私は結婚カウンセラーをやっていた。

 

所詮、結婚相談所という組織の中でのカウンセラーだったので、

会社のルール、利益が段々優先されてくると、会員さまの幸せが逆に、段々と遠のいて行っている様に感じたし、会員さまへのカウンセリングに於ける私のアドバイスが、インチキくさく思える様になった。

全ての会員さまに平等で、十分なフォローも出来ていない、いや、出来ない環境にあった現状に嫌気が刺し、辞めたのである。

私が担当した沢山の会員さまの事は、今でもちょくちょく思い出す。

条件が良かったり外見が良い方は、やはり一年も経たずに相手が見つかる事が多かったが、何年も何年も私と”婚活”が続いた方も大勢いた。

そうなると、みんな私の可愛い子供なのである。

それが、教授、警察官、お医者さん、また、モデルの様な美女であったり、子供が3人のバツ2母さんだったり、農家一筋57才!だったりするわけだが、何であろうと、皆、結婚相手を見つけたい、同じ思いなのだ。

 

前回、価値観について私は語ったが、婚活に於いても、価値観は結果に大きく影響する。

結婚前提に初めて会った男女が話す事は、大体決まっている。

簡単に言うと、現在の自分のアピールと、結婚後の希望、理想であるが、そこで、もう答えが出てしまう事が大半だった。

また、緊張のあまりほとんど会話が出来ず、沈黙のお見合いで終わる事も多い。

まず次のステップに至るまでには、二度目がなければアウトである。

 

短期間で相手が決まる方のパターンは、

 ・ 求める条件が明確、絞られている

 ・ 素直である

 ・ 相手に多くを望まない

 ・ 欠点を受け入れる

そんなところだろうか。(あくまでも私の観点です)

たとえば、収入重視で、外見は全く気にしない。

とりあえず、自分とまた会いたいと言ってくれた人とデートしてみる素直さ。

この人、顔はタイプだけど、収入が・・・同居はちょっと・・・etc・・・

 

決まらない方に限って、難癖ばかりつけるのだ。

100%理想に近い人は、いる訳がない。

理想というのは虚像である。

貴方が空想の中で作ったモノにしか過ぎないのだ。

 

相談所などでうまく行かなかった人が、よくツイッター2ちゃんねる、自己サイトなんかで不満をあげているが、逆に聞きたい。

貴方は、相手を買いに来たのですか?それとも、プライドを捨てて、本気で探しに来たのですか?

貴方が怒っているのは、入会した相談所に、理想に合う相手がいなかったからですか?

それとも、担当者が自分を分かってくれなかったからですか?

 

私はカウンセリングで、よく怒った。

周りのスタッフや会員さまが、心配したくらいだ。

決まらないのを相手のせいにするからである。

相談所というのは、お金を出して入会すれば、マッチングする相手を売ってくる場所ではない。

「結婚したい」そんな同じ思いを持った男女が集まっているのだから、誰にでもチャンスはあるし、自信がなければ努力が必要なのである。

 

相手は人である。人の心を手に入れるのだから、簡単な訳がない。

だから私は、お見合い後に相手の悪口を言ったり、卑下するような方には大声を出したものだ。

「貴方は絶対、見つからない、私だったら絶対イヤ!」と。

 

さて、思い出したら肩が凝ってきたので、これ、また次回にしましょうか(;^ω^)

価値観の違い?

昨年春ごろ、今の主人に、来年は海外旅行に行こう!と言われ、お互いに案を出すことになった。

私の希望で今まではアジア圏内が多かったが、主人は昔、仕事でアメリカに住んでいた事があるので、ずっとアメリカ、アメリカ・・・と念仏を唱えていた。

私は歴史的な物を感じられる所に行きたい。特に、建造物なんかが好きである。

お金と時間さえあればどこへでも行きたいが、今は長期の休みが中々取れないので、とりあえず、アジア圏内に抑えていた、だけである。

だが、今回は多少お金がかかっても良いという、神の声が聞こえたので、(主人の)

私は、中学の頃から行きたかった、フランスを調べ始めた。

ベルサイユ宮殿、モンサンミッシェルは必須である。逆に、この二か所に行けないのなら、フランスは私には意味がないのだ。

そして、7日間くらいの、両方行けるツアーを発見した。あるいは、オプションで追加すれば行けるツアーは結構あった。

当然、私の頭の中は、完全にフランスである。ベルサイユである。

 

主人に話すと意外と反応も良く、フランスで決まったかの様に思ったが、シンガポールも良くないか?トルコ?いや、アメリカも捨てがたい・・・

もう少し探そう!と言うのだ。こらこら、秘境にでも行くつもりか?!

いつまで何を探すんだ!

私はもうフランス気分なので、それ以上探すはずもなく、しばらく海外旅行の話は出なくなった。

秋になり、どうする?と、持ち掛けられ、当然、私はフランスを熱く語った。

しかし、主人の頭の中は、私の希望を優先するかの様に見えて、実はアメリカ、アメリカ・・・だったのである。

討論が始まった。

主人は、先進国に行かなきゃ時代に乗り遅れるとか、アメリカ見たら価値観変わるぞ~とか、ただの個人的主観を押し付けているだけである。

アメリカから日本に帰って来ると、やる気がなくなるらしいのだ。

だったら、尚更、アメリカなんかに行ってはダメだ!

私は、旅行により、その国ならではを発見し、その中で、貧しくても現実を受け入れて、一生懸命に生きている人たちを見ると、恵まれた日本で、何を甘えているんだろう・・・何だって出来るじゃん!と、勇気が湧いてくるのだ。

 

たとえ、足つぼマッサージでぼったくられそうになろうが、土産店でしつこく買わされそうになろうが、みんな、生きているのである。生活する為に。家族のために。

また日本では見られない世界遺産などを見ると、小さな事でクヨクヨするのが恥ずかしくなるのだ。

 

そもそも、行く前から、その国に対する想いが違うと、いざ一緒に行っても楽しめない。

頑固な私は、自分から海外旅行の話はしなくなった。

そして今年に入り、とにかく旅行に行きたい主人は、国内にしようかと言ってきた。

日本でも行った事のないトコ、いっぱいあるよね~と、私は、広島を提案した。

が、ある日、主人は勝手に京都に決め、新幹線とホテルを予約したのだ。

こらこら、確かに京都は何回行っても良いトコですよ?

でも、旅行・・・と言うか、週末休みでも行けるよね?

私の気持ちは、フランスと京都の距離ほどに、主人との距離感を感じたのである。

 

話は変わるが、電化製品を選ぶのにも、夫婦の価値観は違う。

そう、食事の価値観の違いで別れた人も多い事でしょう。

価値観は、ある程度は合わせられても直す事は出来ないからね。

だって、その人の生まれて育ってきた環境や、親が大きく影響しているから。

生き方で価値観が変わる事もあるだろうけど、根本的な物は中々変わるものではない。

合わないからと否定すれば、相手の親、故郷までも否定する事になる。

たとえ主人の麺類の食べ方が気に入らなくとも、言わない方が良いのだ。

逆に、相手もなるほど・・・そういう捉え方もあるんだね~なんて、言ってくれれば何の問題もないのだが、おおかた、近い人間ほど頑なに主張しがちだ。

 

だから、近い人間と価値観が合わない時ほどストレスに感じるものはない。

きっと、自分が犬、相手は猫だと思えばいいのだ。