私はまっこBoo

私、”まっこ”という人間の人生模様です

猿島でお散歩♪

主人の長かったお盆休みも明日でエンドです。(~_~)

ひとりお盆を満喫した私ではありますが、遠出もせずに何か物足りないまま普段の生活に戻るのが嫌だったので、昨日の夜に計画を立て、今日は猿島に行って来ました(*^^)v

 

www.tryangle-web.com

 

 

 横須賀の三笠桟橋から船で10分ほどにある猿島は、我が家からは近すぎず、遠すぎず・・・軽く気分転換するにはもってこいの距離なんです。

と言っても、私、行ったのは初めてですが(^^ゞ

前から行って見たかったので。

 

今日は日陰を歩くと涼しく、秋の気配を感じる心地よい天気でした。

 

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船着き場で1時間に1本の船を待ちます。すご~い人でした。

猿島は、夏はBBQを楽しみながら気軽に海水浴も出来るので、ファミリーや若い仲間同士の方々は、荷物がスゴイです。

 

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マイナスイオンシャワーの始まりです(*´ω`*)

 

 

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↑ 長~い階段を降りると、日蓮上人が身を潜めた?という 洞窟があるのです。

その昔、日蓮上人が房総半島から船で出航した際、嵐に遭い漂流していた所、白いサルに導かれ、この島にたどり着いたという伝説から猿島と呼ばれるようになったとか・・・。

 

島を一周する所要時間は1時間くらいと云うことでしたが、ゆっくりゆっくり周れば、大体そんな感じですね。

だけど、勾配が結構あるので、腰や膝の弱い方にはその1時間、そこそこキツイです。

私は腰が、主人は膝が弱っているので(^^;

登り口に”仙人杖”が置いてあり、自信のない人は、それを借りて行きます。

 

とにかく、天然のクーラー!マイナスイオン、最高でした(*'▽')

 

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これ、フランス積みという方式で煉瓦を積み上げているというトンネル。

何故かピンボケしちゃいましたが、実際そこを歩くと、その先がまるで、異次元の世界への入り口?あの世へ通じる道?・・・みたいな感じで、何ともノスタルジックな気持ちになりました。

(ちなみに、杖を持って写ってる主人の後ろ姿、盆中だけに怖かったよ~( ;∀;))

 

ここ猿島は、人の姿が見えなければ、ジブリの世界ですよね~。

ちなみに、和歌山県にも似たような島があるようで、こちらも「天空の城ラピュタ

を思わせる感じですね~行ってみたいです。

 

まるで実写版ラピュタ!和歌山の無人島友ヶ島 - NAVER まとめ

 

ただ、猿島も和歌山の友ヶ島も、戦争中に辺りを守る要塞として兵士の方々が働いていた場所ですよね。

猿島は、なんと、1847年、江戸幕府の時からだそうです。

涼しく静かな中、目をつぶると、兵士の足音が聞こえてきます・・・

(いえ、聞こえません。多分気のせい。)

今のパワースポット的な要素とは違った光景がそこにはあったのかと思うと、複雑な気持ちです・・・。

特にトンネルをゆっくり歩いていると、タイムスリップしたかの様な不思議な気分になります。

 

ちょっとした自然の中の散歩、行って良かったです(^O^)/

 

※海老名SAで、”ひょっこりぶた”発見!(ひれかつサンド)

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で、先日作ったワンピース ↓ ↓ ↓

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ま、何だかんだ言って、それなりに充実したお盆だったのかもしれませんね<m(__)m>

 

 

気ままなお盆~Part2

群馬の実家に行った主人が明日戻って来るので、私の気ままな、でも少し寂しい盆休みは今日まで。

 

なので今日もまた、一人を満喫する為、首と右肩から右手にかけての痛みが取れないので、気休めではあるが、行きつけの中国人のリラクゼーションサロンに行って来ました(*^^)v

11時オープンなので、とりあえず11時で昨日、ネット予約。

ここでは5~6名の中国人スタッフさんと、日本人スタッフさんが1名。

11時だと、大体いつもリンさんという40代のベテラン整体師さんが私の担当になって下さいます。

リンさんは、素晴らしいです。日本語も上手ですが、マッサージも、やみつきになるほど上手!!

リンさんとは久しぶりだったので、話も弾み、眠くなるどころか、笑いすぎて、終わった後に鏡で顔を見たら、逆に目元に笑いじわが出来てたくらいです。

彼女は、口も相当動きますが、手も神業の様に動いてます(^^;

しかも、最初に体全体を軽く触っただけで、「あれ?なんか、胃腸、調子悪いみたいね?」とか、「いつも右側に重心かけて立ってる感じですね~」など、的確に指摘してくれます。

近くにこんな素晴らしい方がいる事に感謝です(*´ω`)

 

って云うか、今日初めて知ってビックリした事実。

   ( ゚Д゚) え!?

そのリンさん、医師免許をお持ちだそうで、中国にいた時は医者だったそうです!

どうりで・・・。

今は日本人の旦那さんと、小学4年生の息子さんと暮らしています。

今日は、日本のお医者さんと中国のお医者さんの違い、日本人の旦那さんの方の家族がほぼほぼAB型で、「何考えてるか分からなくて私コワいの!」とか、そんな話で盛り上がりましたね(^-^;

何でも彼女によると、日本のお医者さんは、上から目線の人も多いし、診断に疑問を持ちかけると、すぐ怒るから怖いとか・・・(;^ω^)

中国では、患者の立場の方が強く、救急に至っては、早く治せ!と暴れる患者が多いから、先生も暴力振られたりするそうで・・・ま、全ての先生がそうではないですけどねっ!

 

そんなこんなで、今日は、全身マッサージ&首肩リンパ&骨盤矯正&小顔矯正、80分で4800円也。

おかげで、右肩と手の痛み、ほとんどなくなりましたよ~v(^_^)v

 

首も手の痛みも消えて気分も良くなったので、久々にワンピースでも作っちゃおうかなぁ~と、帰りに手芸屋さんに寄り、生地を買い、帰宅後ミシンを出して裁縫スタート!です。

気づいたら7時になろうとしてたので中断(^^;

実は朝から何も食べていないから、さすがにお腹が空いた。

何かお腹に入れてあげないと(;^_^A

私、夢中になると、ご飯もそっちのけになっちゃう人なんです・・・

体に悪いですよね。

 

そして仙台の娘から、息子(孫)の体に謎の湿疹が!!とLINEが。

写真を見ると、水膨れのような箇所と、アトピーの様な箇所と、足、腕、肩にもあるそうで・・・いつも病院が休みの時だなぁ(+_+)

 

 

さて、ワンピースも残りは身ごろとスカートを縫い合わせるだけだから・・・

寝るまでに仕上げてしまおうかなぁ~。(主人もいない事だし。)

近所迷惑にならない程度に・・・。(最近のミシンは静かですけどね!♪)

首と右手がまた痛くならない程度に・・・☆

 

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気ままなお盆だけど・・・

主人と、群馬で暮らす主人の27才の息子が11日に大阪に遊びに行き、昨日の夜遅くに帰って来た。

主人の息子、初めて我が家で一泊。そして今日また主人と群馬まで旅立った。

 やったぁ~!(^^)!

 

私は今日明日が休みなので、思う存分一人を楽しむつもりだ。

休みが飛び飛びじゃなければ仙台に帰り、墓参りをしたかったところだが、まあ仕方がない。来月にまわし、今年のお盆は一人贅沢に過ごそう!

と云うか、先週から楽しんでいるが。

 

先週は主人がいない間に人生初!の、ひとりカラオケをして来た。

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楽しいもんですね。ひとりだと練習したかった曲も次々入れられるし、ストップも自由だし。癖になりそうですよ(^-^;

主人は歌が下手だからあまりカラオケに行きたがらないので、友人と飲みに行ったついでか、仙台に帰った時に娘とたま~に行くくらい。

私もけして歌は上手ではないが、気持ちイイですよね!唄うって。

それに、誰かと行った時には自信がないから唄わない歌を一人だからと唄ってみると、意外や意外、え?この歌、私、イケるんじゃない?な~んて、新たな発見があったり。

 

そしてその後は、中国人の上手なリンパマッサージでまったりと。

 

今日は、久しぶりのヨガをゆっくり、二時間してきました(*´ω`)

しばらくサボっていたけど、無性にやりたくなって。

家でやってもいるけれど、誰かと時間を共有してやった方が、気分が違いますね。

その後はアロマ&ハーブのショップに行って、目ぼしい物はないか、調査。

家でもアロマは焚きますが、ショップだと焚いている量が多いから、いい香りで行くだけで癒されます(*^-^*)

 

今晩の一人の優雅なディナーは、デミグラスハンバーグ(面倒なので、これだけは冷凍してあるやつで)&パスタ(エビトマトクリーム味)&サラダでいきましょうか・・・。

そして赤ワイン(^^♪

おしゃれ感ゼロですが・・・どんだけ食べるんだ?!って感じですよね(^^;

 

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昨日、仕事中に右手が痛くなってしんどかったんだけど、まだ治らず。

これも頸椎症からくるものかなぁ。次のリハビリが盆明けだから、それまで労わりながら様子見です(T_T) マジ痛い・・・

 

はぁ・・・でも、何だか、あれですね。

確かに一人は気ままで解放感ありますが、たま~にだから嬉しいんですよね!

先日、娘と孫が帰った後もそうだったけれど、いるとウルサイなぁ(;・ω・)なんて思うけど、いなくなると心に穴が開く。

今朝も主人の息子に初めて、本当に初めて、ご飯を作ってあげて、文句も言わずに食べてくれたけど、そういう普通のひとコマが、誰かの為になってるって感じがして気分が〇です。

 

お盆は一人でいるより、ちゃ~んと墓参りして、家族、もしくは友人、知人と食卓を囲んで語り合う、それが良いのかもしれないですね。

一人だと会話できませんから。私、テレビに向ってしゃべる方でもないですし。

 

一人の気ままなお盆は、今年だけにしましょうかね(^-^;

 

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鳩さんもお盆で集まってます???

 

 

 

 

永遠のアイドルはいますか?

俗に言う、~永遠のアイドル~

心の中にみんな、My永遠のアイドルっているのだろうか?

と、先日ふと仕事中に思ったので、考えて見た。

 

私の現在の職場は、年代が下は20代、上は70代である。

相当年代は違うが、それぞれが歩幅を合わせて、中々楽しく業務をこなしている。

業務のポジションも主に決まっていて、私と同じポジションは、40代が1人と、3人の50代(私を含む)計4人で回している。

4人が同時に出勤する事はなく、大体2人ペアだが、ごくたま~に3人の時もあって、それが私を含む50代3人の日だと、何人かに言われるのだ。

「お!今日はキャンディーズだね!!」と。

あまり嬉しくないが・・・(^-^;

同僚の30才の男の子に、キャンディーズって、3人なんですか?と聞かれた事もある。

せめて、ピンクレディと言って欲しいトコだが、ピンクレディは2人だから仕方ない。

(ちなみに、私はピンクレディのケイちゃんと同じ誕生日である)

 

キャンディーズは置いといて、先日、西城秀樹が亡くなった時、しばらく悲しんでいた人がいた。

聞けば、西城秀樹こそが、その方の永遠のアイドルだったらしい。

そこで思い出したが、何年も前に2年ほど付き合った彼氏が大の西城秀樹ファンで、歌も上手く、雰囲気も西城秀樹っぽかったなぁ・・・ただ、唄うと声は郷ひろみだったけど(;^ω^) きっと、ショックを受けただろうなぁ。

そうして、休憩の時なんかに、あなたのアイドルって誰?って話になった訳だ。

 

いろいろ出てきましたね~

吉永小百合沢田研二、聖子ちゃん、中森明菜薬師丸ひろ子西郷輝彦、アグネスチャン、キョンキョンetc・・・

一人、良く分からないけど、中井貴一のお父さん?とか言ってましたね~

 

私の母なら・・・一人だけ答えるとしたら、沢田研二の名を挙げるかもしれないですね。

子供ながらに、母親が「ジュリー!ジュリー!」とテレビに向って叫んでいたのを覚えてますからね。そんな母も渡哲也、山本譲二、キムタク、クォンサンウ(韓国の俳優)、竹野内豊と、何とも移り気な人です。あ、ある日実家に行ったら、山ピーのポスターが貼ってあった事もありますね(;^ω^)もはや、永遠のアイドルとは意味合いが違ってますが、果たして今は誰なんでしょう?

 

母は人に”若さの秘訣”を聞かれると、必ずこう答えますから。

「死ぬまで恋をする事!」と。まあ、相手が芸能人だからいいんですけどね。

私の姉は、絶対、竹野内豊と答えるでしょう。

うちの主人は、吉永小百合、又は、高橋恵子が永遠のアイドルだ!!と、ずいぶん前に口にしてましたね。年上好きなんですかね?

 

”永遠のアイドル”を調べて見たら・・・

日本の定義による「アイドル」という存在は、儚い消耗品である。
 新たなアイドルは日々量産され、彼(彼女)らは目まぐるしく消費されていく。
時代の頂点を極めたアイドルであっても、年を経れば飽きられ、捨てられ、忘れられていくのが世の常だ。
残酷だが「使い捨てられること」がアイドルの役割と言っても過言ではない。

しかし青春の一ページに刻み込まれ、今も胸の中に色褪せない。
これからも褪せることはない、そんなアイドルも確かに存在する。

 誰を指すかは人それぞれだが、そのような存在を「永遠のアイドル」と称する。

 pixiv辞典より引用

 

中には、けして有名人ではなく、身近な人を挙げる方なんかもいるでしょうね~

夫や妻の若い時!や、3歳の頃の娘!とか?

 

そこで私の中の、永遠のアイドルとは?考えて見た。

考えるくらいならいないんじゃん!とか言われそうだが、実は、きっと、そうかもしれない!と思う人物が一人いるのだ。

 

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出典matome.naver.jp

 

そう、ブルース・リーでございます☆

あ~カッコ良すぎてクラクラします(*´ω`*)

 

ブルース・リー - Wikipedia

 

ブルース・リーは私が小学生の時には亡くなっているので、気づいたら映画や雑誌などで見て大好きになってたんですが、本当に、本気で、好きでしたね。

一番好きだった時代は、高校時代です。

当時は、透明の、切り抜きなんかを入れられる下敷きに、皆、思い思いの物を挟んでましたが、クラスメイトがチェッカーズや吉川浩司、明菜なんかの雑誌の切り抜きを入れてるのに対し、私はA4サイズのブルース・リーでしたから・・・。

当時は洋画が好きだったのもあり、ロードショー?とか云う映画の雑誌を毎回買って、

ブルース・リーの特集があった時は2冊買って、切り抜き用と、保存用にしてました。

英語も中国語も分からないから、全てローマ字でファンレターを書いて送った事もありますよ。もちろん返事はなかったですけどね(T_T)

 

そんなに仲が良い訳ではなかったクラスメイトから、チェッカーズのボーカルの名前、知らないでしょ~?なんて、意地悪そうに質問された事もあるくらい、ブルース一筋!でした。

もう、結婚したい有名人NO.1でしたから。

そういえば中学校でずっと好きだった男子の顔がブルース・リーに良く似ていたので、あれは、重ね合わせていたのかもしれません(^^ゞ

 

ともかく、実際の彼の事は知りませんが、銀幕の中の彼は、寡黙な中に確固たる信念を持ち、強さ、優しさ、冷静さを兼ね揃えたイケメン大スターです♡

 

ところで、アクション俳優の倉田保昭さん(現72才)をご存知でしょうか?

 

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この方、香港にも渡り、逆に、日本より知名度あったかもしれませんが、ブルース・リーと共演もしているのです!

日本でも沢山の作品に出演しておられますが、Gメン’75なんかもレギュラーとして出てましたよ。

実は私、高校の時に劇団に入っておりまして、その入団オーデションの審査員の一人が倉田さんだったのです!

大きな人だなぁ~と云うのが私の印象でしたが、緊張しまくりですよ!有名人が目の前にいて、私の審査をするんですから!

そして倉田さんに、「このリズムに合わせてステップして見て!」と言われ、ダンス系の苦手な私は倉田さんの指ならしの音に合わせて妙な動きを見せてしまったのを覚えてます。

「君は、音楽はやらない方がいいねぇ・・・」とも言われましたね( ;∀;)

緊張しない方がおかしいですよ!だって、ブルース・リーと肩を並べた人だもん。

 

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 倉田保昭 - Wikipedia

 

そんなこんなで、眠っていた私のブルース・リー愛が!少し復活しそうです(^^ゞ

ちなみに、薬師丸ひろ子さんも、ブルースリーと同じくらい、今も昔も大好きです(*^^)v

 

愚痴か悲鳴か。

先日、主人の人間性に対して腹が立ち、幻滅と云うか、諦めと云うか、もはやあと何年この二人の生活は持続出来るのか・・・とさえ、深刻に思えて来た。

価値観の違いや思いやりのなさに、再婚してしまった自分を責める日が確実に増えている今日この頃…だ。

私も昔の様に若く、怖い物知らずな年齢ならとっくに別れている所だが、この結婚に当たっては、長い年月をかけて得たモノも手放すくらいの覚悟で臨んだのだ。

それほど好きだった・・・なんて、感情に任せて再婚した訳ではなく、

残りの人生に”保険”をかけたのだ。

 

こんな表現をすると主人には失礼だが、大きな子供もいるし、男女の永遠の愛情を信じない私は、本当は再婚する必要なんてなかった。

しかも当時は収入もあり、子供たちも所帯を持って、私も自由だった。

(仕事で時間の余裕はなかったが。)

が、体が弱かったので、(気は強いが)子供たちが自分達で生活出来るようになり、そこまで働く必要性を感じなくなった時、最低限の安定さえあれば、私の生活に余裕が生まれ、これまで仕事!仕事!で他の事を考える余裕さえ無かった私も、少しはやって見たかった事も出来るだろうし、子供たちと旅行に行ったりできるかも・・・と、考えたのだ。

そう、今までの人生を洗いざらし伝えて、この人になら、甘えても良いのかな?と、思ったのだ。

何だかんだ言って、実際に入籍するまでは何度も不安がよぎったので、毎日の様に電話をし、収入のなくなる不安、子供たちと離れる不安等を漏らし、答えを出すまでに1年近くかかったが。

 

だか、その不安、的中!なのである。

結婚すると変わるよね~・・・なんてレベルではない。

もはや彼は別人である!( `ー´)ノ

 

だが、この結婚は、散々考えた末の、残りの人生をかけた保険だったはず。

ここで解約でもしようもんなら、離れて暮らす事になった子供たちにも呆れられるだろうし、母親にも何か良からぬ事を言われそうだ。

だから、我慢しているのだ。

安定だけはあるから。生活のね。

 

大変だったが、子供たちとのお金のない貧乏っぽい暮らしをしていた頃が懐かしい・・・。

 

話を序盤に戻すと、「先日、主人の人間性に対して腹が立った話」だが、まず私がご機嫌よろしくなかったのは、その前からだ。

7月末辺りに娘と孫が仙台から遊びに来ていた話を前回したが、再婚当時から年に2回は遊びに来ている娘なのに、主人は未だに他人行儀で、いる間の事はほぼ関与しない。

まあ、お互いに気を使うだろうから、それはそれで良しとするが、娘は大体いつも、長くて4泊5日くらいで帰って行く。

一週間もいれば、主人の神経疲れがMaxになるからだ。

とにかく、神経質なのだ。いつもと違う髪の毛が一本、床に落ちていたり、ソファの位置がずれたりするだけで気になる人なのだ。

 

今回は、あと2日もいれば花火大会があった。

娘が来る前に、さりげなく主人には、仙台で用事ないなら花火も見て帰ればいいんだけどね~と話したのだが・・・

 

「せっかく花火大会あるんだから、見てから帰れば~?」私は、主人からのその一言が出てくれるのを待っていた。

娘も祭りがある事は気づいていたが、主人の性格も分かっているから、私も娘もあえて口に出さないでいたのだ。

主人からの、ある意味、お許しがあって、初めて祭りも楽しめるってもんじゃないですか!

なのに・・・言わない。そこが主人のズルさだと、感じましたね。

早く日常に戻りたいから、なるべく早く帰って欲しかったのが見え見えで。

せっかく娘と孫が夏休みで遊びに来たのに、好きなだけ居れないなんて・・・

こんな時には、やっぱり再婚した事を後悔します。

だから花火大会の当日は、ほぼ口も利かず、玄関開ければ見える花火も見ず、具合悪いふりして無言を貫きましたね。

 

話は長くなるけれど、そして、先日、ビックリする様な主人の発言ですよ!

 

主人には私の娘と同じ年(27才)の息子がおりまして、離婚して母方に引き取られたのですが、まあ、たま~に、実家のある群馬で会ったりしてます。

私も何回か会ったり、出掛けたりした事もありますが、無口すぎて、本当の性格がよく分からない子です。

で、お盆休みを利用して、二人で甲子園に行きながら、大阪で遊んで来ると言うのです!夜行バスを利用して。

はいっ??それ、いつ決めたんです?

しかも、わざわざ我が家のある神奈川から群馬まで迎えに行き、その日に戻ってきて夜行バス、3日目の夜にまたバスで帰って来て、次の日にまた群馬まで送る・・・

という行程のようです。

ふ~ん・・・(-"-)??私は?

主人の会社の休みは長いです。はっきり言って。GWも年末も夏も。

私の場合はカレンダー通りで、今回は連休を取りたい同僚が数人いたので、仕方なく譲りました。いつも帰省の度に連休を貰っているので。

私が休めないと知って、水面下で息子さんと予定を立てたのでしょうが、なんか、ヒドくないですか?

それを言われた時の私の感情は、”怒り”ではなく”孤独感”です。

息子さんと二人旅?いいじゃないですか~!貴方はお金もあるし、休みも長いし、二人とも野球好きだから、どうぞどうぞ!

だけど、決める前に、話しませんか?普通なら。

しかも、大阪から戻って来る日は遅いから、我が家に泊まるらしいです。

初めてなんです。息子さんが来るのも泊まるのも…。

ご飯はどうするの?布団は?先日、私の娘が使った布団で良いんですか?

圧縮しちゃいましたけど?

 

そして、表情の固まった私を見て、主人の言った一言!

「一緒に行く?」Σ( ̄皿 ̄;;

人間性、疑いました。完全に!

今更、なにそれ?

誘うなら、最初からきちんと誘え!

 

後ろめたくてつい言ったんだろうけど、だったら何故、私の娘と孫に花火を見て帰って貰うくらいの思いやりを見せてくれなかったのか。

私はそんな思いをする為に、キャリアも家族も置いてきぼりにして来たのか。

心が折れました。

 

他人から受けるストレスよりも、夫婦間のストレスって、凄いダメージを受けますよね。

すぐに逃げれないストレス、元々他人である相手から受けるダメージ。

近いのに遠い、一緒にいるのに孤独、埋まらない心の距離感。

 

"安定"と云う名の保険を選んだ、それ相応の代償なのだろうか?

だとしたら、やはり私の人生、まだまだ平穏は訪れないのでしょうね。

疲れてました((+_+))

夏が、苦手なんです。私。

夏というより、暑さが超!ダメです。

と、いう訳で、仕事に行けば疲れ果て、休みは食材調達にスーパーに行くだけで疲れ果て、気づいたら奥歯は痛いし首は痛いし眼精疲労も悪化して、ボロボロの私になってましたね↷

目と首が辛いから、PCも数分見るだけで吐き気・・・(重症か?)

 

7月28日㈯に娘が孫と一緒に仙台から遊びに来る予定だったので、その前に体調を整えないと!!と思い、まず歯医者へGO~!

奥歯に親不知が斜めに生えていて、グラグラしているそう。

先生は抜きたい様だったが、娘も来るし、何だか今抜いたら、更に体調が悪化しそうだったので、後日、落ち着いたらね!という事に。

今は噛み合わせを調整して貰ったから痛みが落ち着いたけど、これはまた痛くなるはずだから、盆前には抜かないといけない。

大体にして、歯って、歯医者が休みの日に限って痛くなりません?

 

そして首だ。これは仕方ないのだが、私は頚椎症性神経根症である。

前職を辞めた途端に発症し、(6年前くらいか)当初は左肩の痛みが段々と手のしびれに発展し、一時は、著しく握力が弱まり、台所で皿やグラスを何度も落として割った。

良くなったり、また症状が出たりの繰り返しだ。

昨年も痛みが出て苦しかったので、行った病院でリハビリを勧められ、2ヶ月ほど通った。

そこのリハビリは、電気と温めと、首の牽引だ。日によってスタッフの方が違い、時にはへたくそなスタッフさんのせいで、顎とか喉を傷めてしまったので、行きたくなくなった。

 

今回は、職場の近くに出来た、最新設備のリハビリフロアもある整形外科に行ってみた。

ビックリ~!。ウォーターベッド自体がマッサージ機になっているのを初めて行った時にやったが、最高でした。(あれ欲しいわ。)

そこの先生には、

「ほっておくと、間違いなく数年以内に物が持てないくらい痺れがでるよ!」と怖い顔で脅され、結局、マンツーマンでのリハビリを開始する事にした。週一で。

医学療法士の資格を持ったお兄さんが状態を見ながらストレッチを手伝ってくれたり、痛くて固まった所をほぐしてくれる。

首の位置を正常に戻すための自宅でのストレッチ方法もアドバイスしてくれました。

 

今までの病院にはなかった的確な指導に、私もやる気が出て来ましたよ(;^ω^)

いや、まず先生にあんな怖い顔で言われたら、焦るから!

眼精疲労は、私は首や肩こりから来ている様だから、首&肩が和らいでくれば、自然に眼精疲労も和らいでくれる事でしょう。

 

そんな訳で、娘と孫が新幹線で遊びに来たので、8月2日に帰るまでは、原宿に行ったり、新大久保に行ったり、サマーランドに行ったり、連日遊び歩きました(^^♪

原宿は、主人と二人で行っても楽しくないけど、若い子と行くと、楽しい事が分かりましたね~

↓ JR大久保駅からすぐのバイキングでランチ。行ったのが日曜日だったせいか何のせいか、予約なしで行ったので、1時間近く待ちました。人気店です。

ヘルシー韓友家 

 

私的には、ここのバイキングのメニューの中に、渡り蟹のヤンニョムケジャンがあるのが魅力で、我慢して熱い中、待ったのですよ( ;∀;)

一般の韓国料理店で食べようとすると高いけど、食べ放題ですよ???

このお店は全体的に、さっぱり味で、癖がなく美味しかったです。

 

8月1日(水)はサマーランド!夜のイルミネーションも見たかったので、午後3時辺りから行き、退園する時には夜8時になってました~

夏休みでも平日、盆前だったせいか、道路もプールも混んでなく、気持ち良かったです!入口の荷物検査もスイスイでしたね。

久々の水着、プール、スライダー、楽しくて楽しくて、名残り惜しかったくらいですよ(;_;)/~~~

孫も喜んでくれて、夏休みの良い思い出になりました。(私が)

こうやって、少しでも子供の頃の思い出ってやつを、増やしてあげたいですね。

 

娘たちが帰った後、こういうのも何とかロス・・・って言うんでしょうかね?

普段の主人ふたりとの会話の少ない日常に戻り、また首は痛いし、暑さが戻って来たし・・・

長くいれば、それはそれで疲れるんだけど、帰るとまた、離れているだけに心配にもなるし。

何だかんだ言って、私も母親、ばあちゃんなのかもね。

娘と孫の為に作る料理は同じ作るのでも、とっても楽しかったわ。

 

寒い所で育った人は、寒さに強く、暑いのが苦手でしょ?って言う人、多いですが、実際どうなんでしょうね・・・?

確かに私、育ちは仙台ですけど、ある程度まで愛知で育ったから・・・暑かったですけどね、愛知。

この間、同僚が言ってたなぁ。暑さ、寒さの感じ方は、3才までの育った環境で決まるらしいよ~と。

後は、その人の体温によって感じ方は違うようだ。

平熱の低い人は、気温が高くなると当然その温度差が大きくなる訳だから、平熱の高い人に比べて、暑く感じるのだ。

 

まあ、夏は嫌いじゃないけどね。

夜は長いし、裸足も半袖も好きだし。泳ぐの好きだし。

秋になると物寂しくなるのが嫌だから、盆前辺りまでが楽しいかも。

 

もう結構、首と肩と目、疲労感がMaxです。

今日はここで閉じましょう。(~_~)

 

 

 

ニューハーフの友人とホームレスと。

 

私は生きて来た中で、いろんな神様からの試練を受けて来た。

持って生まれたモノか、性格か、普通はそうならないだろうよ・・・的な出来事は、書ききれないほどある。

それは、その時々の私の選択や行動にも大いに原因があるのだろうから、誰かのせいにしたり、運命を呪ったりしちゃいけないんだと、思うものの、昔は良く神様の意地悪だと思っていた。

最近では慣れて来たもので、ちょっとした神様からの試練に合うと、

「神様、まだ私には試練が必要ですかね?」と空に向かって言う事にしている。

Wi-Fiが突然繋がらなくなった時とかも。)

 

時々思い出す、若い頃に経験した笑える試練がある。

若い頃と言っても、離婚をして夜の飲食店でアルバイトをしていた頃だが。

以前、仲の良かった友人に紹介されてから時々遊びに行く様になった仙台の、とあるCLUBがあり、そこで働いていたニューハーフのMさんと、とにかく意気投合した。

彼女は沖縄出身で、なんともエキゾチックな風貌の、美しいニューハーフであった。

当時テレビでは”ニューハーフ”が流行りの様になっており、全国の話題のニューハーフさん達が暇なし番組に出演していた。

 

私はMさんと女同士の話を沢山した。

恋の話、仕事、化粧品、親の事、将来の夢など・・・

年齢も私と1才しか変わらず、時に子供とも一緒に遊びに行った。

旅行に行くと、シャネルが好きなMさんは、私には似合わないのにシャネルシリーズを買って来てくれた(;^ω^)

段々と私は、Mさんの人間性にも惚れ込み、この人が女になる前に出会いたかった・・・とまで思った。

だが彼女は、一途に好きな男性がいて、結ばれる事のない現実を受け入れつつも、女性らしさを失わないよう常に努力していたのだ。

 

やがてMさんは拠点を東京に移す事になった。更に良い待遇を求めて系列のお店に移る事にしたのだ。

ショックだった。東京となると、今までの様には会えなくなっちゃうじゃん。

Mさんが去った後、私も転職したりで忙しく、また生活にも追われ、彼女と連絡を取らなくなってしまった。

 

だけど、1年近く経って、どうしてもMさんが気になって無性に話したくなった私は、遊んでいた時の友人を辿って、Mさんが在籍している東京のお店を教えて貰った。

ちょうど夏休みに入り、子供たちが祖母の家に泊まりに行く事になったのを見計らって、私は飛んだ。仙台から東京へ。(新幹線だから飛んでないか。)

 

心臓バクバクであった。薄情にも連絡をしなくなってしまった私の事、怒っていないだろうか・・・?

お店に行くと、Mさんと一緒に移籍したニューハーフのRさんがいて、すぐに私に気づいてくれた。そしてRさんは教えてくれた。

 

「彼女はね~、沖縄に帰ったのよ~!」

えー( ゚Д゚)!!

詳しい理由は分からないらしいが、親の事も心配してたしなぁ~。

私はもう、Mさんとの縁を繋ぎ止める事を諦め、連絡先も聞いたりしなかった。

(何しに来たんだろ、私・・・)

そして、Rさんの仕事が終わるのを待ち、二人で飲みに繰り出したのだ。

 

問題は、この後である。

おバカで世間知らずだった私は、とりあえず行けば、どこかのホテルは空いてるだろう!と、鷹をくくっていたのだ。が、現実は甘くなかった!

Rさんと数件はしごをした後で時間も時間だ。(当時はガラケーだったから今みたいに簡単に調べられない。)

Rさんに、どこに泊まるの?って聞かれて、つい私はカッコつけて、品川プリンスだよ~って言って、バイバイしてしまったのだ。バカ!私のバカ!!

仕方なく、流れに乗って品川に移動したものの・・・品川プリンスに聞くと、満室です!と丁寧に、丁寧に、お断りされ、歩き回って、目に入った当時で言うラブホテルにも当たった。空いてない。って言うか、ホテルないじゃん!

また駅に戻るが、もう電車もない。

 

「わたし、いったいここで、何やってんの?バカじゃないの??」涙ぼろぼろだ。

どうしよう!今更Rさんにも言えないし。交番に聞いても仕方ないし・・・

始発までどこに居たらいいんだろう・・・

 

しかし、見渡すと、駅は明るいし、始発まで電車はないのに人は結構いる。

そして、信号を渡って閉まったお店のシャッター前には、結構たくさんの人が、既に夢の中に入っているではないか!(まあ、ホームレスさんですけどね)

妙に安心してしまった私は、うろうろ見渡した。

 

そして、覚悟を決めたのだ。今日はここで、泊まらせてもらおう!

そして、ちょうど良い感じの、道路から少し引っ込んだ壁を発見し、既におひとり様は寝ていたが、「失礼しま~す・・」と小声で言って、しゃがんだ。

薄目を開けると、周りには沢山のホームレスさんが寝ていた。

だが、始発までそこで寝る覚悟を決めた私は怖くもなかった。

 

疲れた私はすぐに眠りに入ったが、寝ながらも足のしびれを感じたんだろう、少しづつ体制を崩し、横になって、最後はパンプスまで脱いでいた。

(夏だからまだ良かったが)

気づいて時計を見た時には、覚えていないが、始発がもう出る頃の時間だった。

そして、あれ?私に段ボールの布団を掛けてくれた人がいる~( ;∀;)

ほっこりだ。感謝、感謝、あの時のどなたか、今も幸せに生きて

いますように!

 

そうして、わたしのMさんを訪ねての一泊の旅は無事?終えた訳だが、あの時も、自分の浅はかな行動が原因だったのに、神様を恨んだわけだ。なぜ私にこんな試練を与えるのか!と。

 

最近はホームレスの方々は見かけなくなったが、あれから興味が沸いたのは確かだ。(言い方は失礼だが、あの方々の生き方が気になってだ。)

”ホームレス”致し方なくなった人もいれば、敢えて、そんな生き方を選んだ人、日にち限定でそうしている人、様々なようだ。

 

仙台市でも、開発が進むと、一時期は特定の場所でしか見かけなくなったが、2011年の震災後は、家族も亡くし、家もない、お金もない、仮設にも入れない、そういった人達が、至る所に陣取り、特に地下鉄の連絡通路に集まっていた。

昼間は荷物を丁寧にまとめ端に置き、夜はキレイで暖かなそこで、寝るのだ。

震災後は特に若い人が多かったのが忘れられない。

 

国や都道府県ごとのホームレスの方々に対しての対策で、しかるべき場所に集まる様になったのも、昔より目立たなくなったひとつの理由だろう。

 

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それからの私は、どこに行くにも必ず予約をする様になった。

ただ、ホームレスさんと夜を共にした事は、恥ずかしすぎて、今まで誰にも話した事はない。

そして…Mさんは元気だろうか。